豊臣秀次(1568~1595)は豊臣秀吉・秀長兄弟の甥であり、秀吉の立身出世のために尽くしました。天正18(1590)年の小田原攻めでは、山中城(三島市)攻めの総大将として活躍しました。幼い頃から学問好きで書籍に強い関心を持っていた秀次は、翌天正19(1591)年の東北地方の平定後、足利学校に立ち寄り、書籍と第9世庠主・閑室元佶(三要)を伴い、京都へ戻ります。秀吉から関白として跡継ぎに指名されますが、後に謀反の疑いをかけられ切腹させられました。閑室元佶(三要)は秀次と高野山にいましたが、連座を免れ、その後、徳川家康のブレインとして活躍します。家康は足利学校の書籍を返還するとともに所領を安堵し、運営を保証しました。
本展では、豊臣秀次と閑室元佶(三要)の功績、2人の交流や足利学校との関係について紹介します。
詳細は史跡足利学校のホームページをご覧ください。
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